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Re: ご教示お願いします

 投稿者:oasis  投稿日:2007年 8月15日(水)00時05分40秒
  トウヨウさん、はじめまして、こんにちは!
「地球誕生からの生物の系統図に人間は入っていないのでしょうか。人間は神が造られたとキリスト教はしているのだと思います。」ということですが、
ご質問は、いわゆる進化論の生命の進化の系統の中に、人間は入っていないと、キリスト教では考えているのか、ということでしょうか?
質問内容の理解があっているかどうか分かりませんが、
トウヨウさんの質問には、前提として進化論があり、
人間は神が造ったというキリスト教では、その進化論から人間だけを別に切り離して、神が人間を造ったと言うことか? という疑問をお持ちなのでしょうか。
キリスト教の前提は、聖書に基づいて、そもそも宇宙の始まりから、地球誕生や人間の誕生まで、すべて神が造られたと考えています。
 
 

ご教示お願いします

 投稿者:トウヨウ  投稿日:2007年 8月12日(日)23時09分53秒
  はじめまして トウヨウと申します
グーグルで掲示板・キリスト教・なんでも・質問と検索してたどり着きました。
よろしくお願いいたします

私の宗教スタンスは典型的ななんとなく仏教徒といったところです。
これまでは宗教について考えることなく過ごしてきましたが、最近の報道で寺の住職が息子に殺害された事件をきっかけに宗教を考えるようになりました。
まずは馴染みのある仏教から調べようとして今に至っています。
キリスト教については馴染みがなく教養としての基礎知識もありません。
掲示板に投稿しましたのは素朴な私の疑問からです。
それは地球誕生からの生物の系統図に人間は入っていないのでしょうか。人間は神が造られたとキリスト教はしているのだと思います。

はじめての投稿が質問で失礼しておりますがご教示お願いできればと存じます。
よろしくお願いいたします
 

書き込みありがとうございます

 投稿者:oasis  投稿日:2003年 8月13日(水)00時16分38秒
  「稲城のオヤジ隠れキリシタン」さん。書き込みありがとうございます。また、ちょくちょくのぞいてください。そして、稲城市や近隣地域のために、ご一緒に祈って参りましょう。    

Re:人間が造った神は

 投稿者:oasis  投稿日:2003年 8月13日(水)00時12分15秒
  ドンさん。「キリスト教も・・・仏像を破壊するのでしょうか?或いは芸術性の高い、美術品として鑑賞する分は破壊を逃れるのでしょうか?」というご質問ですが、お答えします。
信者になったからと言って、仏像などを破壊するように強制することはありません。当人がそのように決断して、そのようにすると言うことはあるでしょうが、教会が強制させたりするようなことはありません。家族のほかの人は、仏像を拝んでいる場合などは、特に配慮します。
けれども、本人は、もう仏像を拝んだりするようなことはないでしょう。真の神の存在を知ったなら木や石の像を拝む気にならないからです。
誤解のないように書きますが、宗教が違っても、クリスチャンは、人の内にある信仰心は尊いものだと理解しています。その証拠に、日本でクリスチャンが、歴史ある寺院や仏像を破壊して回ったという話を私は聞いたことがありません。けれども、その人の心に神を呼び求める思いがあるなら、なおのこと、石や木ではなく、人間が造った神ではなく、人間を造られた生ける真の神を知って欲しいと願います。これが大部分のクリスチャンの思いだと思います。
 

石を握る罪人

 投稿者:稲城のオヤジ隠れキリシタン  投稿日:2003年 8月12日(火)16時50分54秒
  三浦綾子さんのことば、その3.大きな失敗をしたとき を呼んで私は打ちのめされた思いがしました。稲城小学生の事件報道があったとき、加害者が悪いのは当然ですが、まず私は子を持つ親として親の責任はもとより、そのような不良童子はいつの時代もいるものだと、同情のかけらもありませんでした。私はクリスチャンですが、この事件の詳細が明らかになるに従い「自業自得さ...」の思いはより強くなっていました。
こちらに立ち寄って先生のコメントを見ていて気付いたのですが、姦淫の罪を犯した女が主の前に連れ出されたとき、はっと気付くと石打刑にしろ!とそれをとり囲んだ群衆の中の一人としてしっかりと石を握っている自分の姿がそこにはあったのです。私はクリスチャンとしてもう救われているし、罪の解決はついているんだから大丈夫と思ってやってきましたが、その緩みに実は大きな落とし穴があるということを先生のコメントからは気付かされました。教団教派は違いますが、先生のような教職がいらっしゃるそちらの教会を本当に羨ましく思います。
 

人間が造った神は...

 投稿者:稲城のドン・コルレオーネ  投稿日:2003年 8月12日(火)15時47分38秒
  キリスト教について大変分かりやすい説明を頂き有難うございました。
歴史の復習をしているようで大変興味深かったです。それにしても
ローマ帝国に迫害されたり、日本でも踏絵で迫害されたり、(これでも
私は遠藤周作の「沈黙」くらいは読んだことがあるんです)本当に
大変だったと思います。ところで、日本は神仏信仰が多いことから
ご神体や仏像など多いですが、アフガンでイスラム教徒のタリバンが
仏像を破壊しましたが、キリスト教もイスラム教と同じ唯一の神を
信仰しているとするとやはり仏像を破壊するのでしょうか?或いは
芸術性の高い、美術品として鑑賞する分は破壊を逃れるのでしょうか?       
 

Re:ほんの興味から 

 投稿者:oasis  投稿日:2003年 7月30日(水)10時55分30秒
  あっぷるさん。書き込みありがとうございます。
牧師室の「礼拝メッセージ」は、週報に載せているものを転載しているので、分かりにくいのではないかと思っていましたが、あっぷるさんの書き込みを見てうれしいです。「雑記帳」は、キリスト教から離れて、自由に書きたいと思います。もうそろそろ始めますので、お楽しみに。
聖書を読まれているそうで嬉しいです。聖書のことばに励まされたり、力を与えられるのはすばらしいですね。私たちの教会では、信徒の方たちが、毎日、聖書を読んで学べるように、私が前の週に月から土までの6日分のテキストを造って、日曜日に配っています。
 

Re:教会って?

 投稿者:oasis  投稿日:2003年 7月30日(水)10時42分23秒
  稲城のドン・コルレオーネさん、ご質問をありがとうございます。お返事が遅くなりました。
イタリアで教会をのぞかれたみたいですね。心休まる気がしたとのことわかります。
私たちの小さな教会でも、来られた方はそのように言ってくださいます。
さて、「キリスト教はそもそも欧米の宗教ではないでしょうか?」ということですが、
ご質問が「欧米から生まれた宗教ではないか」という意味なら、キリスト教は欧米の宗教ではありません。すでに世界史の授業などでご存知かもしれませんがご説明いたします。
まず、イエス・キリストが現れたのも、聖書の舞台となっているのも、今のパレスチナ地方で、人種的にもキリスト教のはじまりは、イスラエル人(ユダヤ人)からでした。
キリスト教はパレスチナ地方から、地中海沿岸にまず広がり、ローマ帝国領に広がり、ローマの国教となり、そして、歴史の流れと共に欧米へと広がり、さらに東洋(アジア)にも、アフリカ諸国でも広がりました(ちなみに、お隣りの韓国では、人口の40%がキリスト教徒だと言われているほどで、韓国はどこに行っても教会が建っています)。
地中海沿岸に広がった初期の頃、ローマ帝国はキリスト教を非常に激しく弾圧しましたから、はじめから西欧・東欧で受け入れられていたわけではありません。確かに歴史的な流れの中で、キリスト教は欧米に早く長く受け入れられて来ましたが、それはどちらかというとキリスト教がどのように世界に伝わって行ったか、ということによるものです。
ですから、キリスト教は必ずしも欧米の宗教という訳ではありません。ただ東洋よりも欧米に先に伝わっただけで、その間、日本では、仏教が根付いたり、国策によって国家神道が広がりました。
そういった意味では、確かにドンさん(長いので、ドンさんと呼ばせて頂きます)が書かれたように、「日本には昔から神仏の信仰もありますが、欧米の宗教を日本人が無理して理解するのは大きなハンディーがある」と思います。
けれども、私は日本人が「神とは何か」「どんな存在か」という『神観』をしっかり持つようになれば、キリスト教に至るのではないと思います。
日本人は、古来より神を無数に造り、拝んで来ました。例えば、神を「八百万の神」と呼ぶように、神は無数にあると考え、また、無数に生産してきました。見当もつかないほど樹齢の長い木はご神木とされ、家庭で長く使った裁縫針でさえ、神が宿っているとして、社寺で処分されて来ました。これは日本人が(日本人だけではなく、人類が)、神とはどんな存在かをよくわかっていない(深く考えない)ためで、「これが神ではないか」「あれが神かもしれない」「とにかくそれらしいものは何でも神にしよう」と、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる的な考えで、手当たり次第、神として祭ったためです。仏教もヒンズー教の影響を受けて、○○天とか○○菩薩、如来、地蔵など、多くの神が取り入れられています。
けれども、「神」はそんなに無数にあるものでも、またあって良いものでもありません。
なぜなら、神は人間が造ったものではなく、人間を造られた存在であるはずだからです。言い換えれば、神はこの全宇宙を創造し、人類を生かし、その命を支えておられるお方です。そうでなければ神とは呼べませんし、祭ったり拝んだりする存在に価しません。そして、そのように全宇宙を創造された神は唯一のはずです。太陽に“日本の太陽”も“中国の太陽”も“アメリカの太陽”もあるわけではなく、ただ一つの太陽が世界を照らしているように、この世界を創造された神も唯一です。
けれども、人間にそんなことは分かりませんから、あれが神か、これが神かと人間は神を造り、拝んできたわけで、神がどのようなお方かと言うことを正確に知るためには、神の方から自己紹介して頂く必要があります。この辺ことは、先のレスに書きましたが、それが聖書です。
日本人が聖書に触れて、神とはどんな存在か、もしくはどんな存在であるべきかを正しく把握していけば、聖書の神が本当に神らしい神、本物の神であると分かると思います。
ドンさんも、ぜひ一度、聖書を読んでみてください。
また、座っているだけで良いですから、一度のぞいてみてください。しつこい勧誘なんかはありませんからご安心下さい。出入り自由です。ちなみに、牧師のわたし自身、歌は得意ではありませんから、歌の方はお気になさらずに、気になさるようでしたら歌わなくても大丈夫です。
書いていると、止まらなくてしまって、また長くなってしまいました。
みんなこんなに長いレスは、いやがって、このBBSは敬遠されるのではないか心配です。
 

ほんの興味から

 投稿者:あっぷる  投稿日:2003年 7月29日(火)18時36分34秒
  牧師室の「礼拝メッセージ」を楽しみにしています。聖書のことが少しづつわかっていくような気がします。三浦綾子さんの言葉に対するコメントなどからも牧師先生のお人柄が伝わってくるようで、親しみを感じています。「雑記帳」ももうすぐ見えるでしょうか。

私は、ほんの興味から18才の時に初めて聖書を読みました。仏教系の学校で仏教学とか礼拝(ライハイ)の講義を受けながらも聖書に惹かれていきました。ちんぷんかんぷんだった聖書の言葉も、今は私に語りかけ教え導いてくれています。
 

(無題)

 投稿者:いなぎっこ  投稿日:2003年 7月26日(土)22時26分37秒
  大変丁寧な返信ありがとうございました。ここまで丁寧に答えてくださると思わなかったので感動しました。神の存在は聖書を通して神を人格的に知ることによって分かるとの話、いるいない、目に見える見えないの観点からしか物事を考えたことがなかったので大変興味深かったです。そうか聖書か、単なる本じゃないんですね。せっかくですので今度読んでみようと思います。
 エホバの証人やモルモン教との違いの説明ありがとうございます。僕達外部の人間はイメージからしかわからないけど、その宗教の背後にある教理の面で大きな違いがあるんですね。異端て呼ばれているのか、知らなかったな。
 ドン・コルレオーネさんの質問にも興味あるなーそうそう、キリスト教ってなんかイメージ的に欧米のものってきがするな。味噌汁とたくあんとはやっぱりそぐわない気がする。うん。
 それでは、また気が向いたらおじゃまします。では。
 

教会って?

 投稿者:稲城のドン・コルレオーネ  投稿日:2003年 7月26日(土)11時10分17秒
  稲城に移住してまだ間もない新参者です。稲城に、しかもニュータウンに
キリスト教の教会があるのを始めて知りました。宗教には特別興味はありませんが、
掲示板にある説明で牧師さんのやっている稲城の教会が、モルモン教やエホバの証人
とは違うことがわかりました。モルモン教やエホバの証人って駅前で気のよさそうな
外人さんが正しいキリスト教だといって勧誘していたり、たまの休みに家で寝ていると、
おばちゃんたちが訪ねてきて「~の塔」とかゆう機関紙を配りにくるアレですね。

私が憧れるゴッドファーザーこと(ドン・コルレオーネ)の故郷である
イタリアを観光したとき、教会のなかでミサをやっていたのですが、
教会の中にいると何だか心休まる気がしました。
私は会社が忙しいので宗教に打ち込む時間は到底ありませんが、何の
教祖を信じているのかはわかりませんが、打ち込んでいる同僚をみると、
どこかしっかりしているような気がします。
最初にも書きましたが、私は宗教に特別関心がありませんが(念のため)、
写真にある教会のみなさんも人が良さそうですし、教会は心が落ち着く
ような気がするので、ただ座っているだけよければ今度のぞいてみようかなと
思います。礼拝では歌を歌うのでしょうか??もっとも歌は音痴ですが...(笑)。

ところでちょっと質問なのですが、キリスト教はそもそも欧米の宗教だったの
ではないでしょうか。
日本には昔から神仏の信仰もありますが、欧米の宗教を日本人が無理して理解する
のは大きなハンディーがあると思います。聖書だってアラブのほうの言葉を翻訳した
ものと聞きましたが。すみません、不勉強で。
 

Re:ちょっと質問 その2

 投稿者:oasis  投稿日:2003年 7月24日(木)14時01分43秒
  いなぎっこさんの第2の質問にお答えします。
「エホバの証人やモルモン教とは・・・どう違うんですか?同じキリスト教じゃないんですか?」と言うことでした。下のレスにも書きましたが、エホバの証人やモルモン教、統一協会などは、キリスト教の異端です。異端というのは、その教え(教理)が間違っているということです。
キリスト教は、大きく分けて、カトリックとプロステタントに分かれます。しかし、そのどちらも根本をなす教理は同じです。この根本的な教理が違っていれば、もうそれはキリスト教とは呼べない異質のもので、異端と呼ばれています。エホバの証人やモルモン教、統一協会などは、キリスト教ではなく異端です。
では、キリスト教かそうでないかを見分ける方法は何かというと、次の三つを信じているかです。次の1.2.3.をどれか一つでなく、三つとも信じているなら、そこは伝統的な教理に基づく正統なキリスト教会です。
1.聖書を神のことばと信じている。
これは下のレスにも書いた通り、聖書を通して「神を知る」わけですから、キリスト教会では、聖書を神のことばとしてとらえます。この時、大事なことは、その聖書が本物かどうかということです。聖書の原本は、旧約聖書はヘブライ語、新約聖書はギリシャ語で書かれています。聖書の翻訳は基本的に、この原本から直接その国の言葉に訳されていなければなりません。そうではなく、例えば、英語に訳された聖書をさらに日本語に訳して使うと、二重翻訳となり、その原語の持つ意味が失われてしまう危険があります。ということは、異なった聖書理解が生まれ、間違った教理が生まれる危険があります。エホバの証人の使う聖書はこれをやっています。その結果、聖書理解に違いが生まれ、聖書は輸血を禁じているという判断をくだしたりして、現に社会問題を引き起こしています。また、モルモン教、統一協会では、まったく内容の違う聖書が使われています。
日本では、聖書協会が発行する口語訳聖書、新共同訳聖書、それから聖書刊行会が発行している新改訳聖書は、原語から直接、忠実に訳されている聖書で、これらを使用している教会なら安心です。
2.イエス・キリストを神の子と信じている。
これも下のレスに書きましたが、旧約聖書と新約聖書が紹介しているのは、イエス・キリストです。そして、イエス・キリストは神の子だというのが、聖書の主張です。けれども、イエス・キリストを神の子と認めなかったり、預言者の一人だとか言ったりしている教会は、聖書の主張と違う内容を教えていますので、これは異端です。
3.イエス・キリストの十字架と復活を信じ、それが人類の(私の)救いのためであったと信じている。
聖書、特に新約聖書の中心となる教えは、神の子であるイエス・キリストが、私たち人類を救うために、十字架にかかって死なれ、三日目に甦られたということです。これがキリスト教の根幹的な教理であり、救いです。ですから、これを認めないところは異端です。(もし、その教会に十字架が掲げられていなかったら、気をつけてください。十字架が掲げてあるかいないかは絶対的な条件ではありませんが、一つの目安になります。)
大切なことは、キリストの十字架と復活が私たち人類を救うためであったということです。これを信じて救われるというのが、キリスト教です。もし、十字架と復活によって救われると言わなかったり、それで救われると言うけれども、信じるだけでなく、これもしなければ駄目だ、これも信じなければ駄目だ、と言うならそこは異端です。
実は、異端が生まれる最も大きな理由は、イエス・キリストの十字架と復活が信じられなかったり、「イエス・キリストの十字架と復活が私のためだったと信じることによって救われる」ということを理解できなかった人がいたことによります。異端の創始者は、大抵、イエス・キリストの十字架と復活とそれによる救いが信じられずに、自分勝手な解釈を聖書にあてはめたり、自己流の教理をつくりあげたり、聖書を書き変えたりしてしまったことによります。
ですから、言い換えれば、異端の特徴は(カルトも同じですが)、「組織に従えば救われる」とか「これをしたら救われる」と主張する点にあります。これは誤りです。キリスト教の救いは、イエス・キリストの十字架と復活のゆえに、それを信じる信仰によって神から与えられるものであって、組織が与えることのできるものではありません。また、行いによって与えられるものでもありません。もし「組織に従わなければ・・・救われない」とか「地獄に堕ちる」と主張するなら、その団体・教団は危険です。組織のために人を利用しようとしているだけですので、気をつけてください。
 

Re:ちょっと質問 その1

 投稿者:oasis  投稿日:2003年 7月24日(木)13時30分31秒
  いなぎっこさん。書き込みありがとうございます。質問にお答えします。質問が二つありましたので、その1とその2に分けました。ちょっと長くなりますが、おつきあいください。
まず、第1の質問、「どうして神様はいるってわかるんですか?」ということですが、それはひとことで言って、聖書があるからです。
よく「神がいるなら見せてくれ」という人がいますが、これは根本的に間違っています。例えば、モノは四方から眺めたり触れたりして、その形状や寸法、固さなどを観察し、把握することができます。理科や物理・化学の実験などがそうです。しかし、人間はそうはいきません。「お見合い」を想像してみてください。相手の写真を見たり、経歴を知るだけでは、その人のことは分かりません。たとえ相手に会って背の高さやおおよその体重、声の高さ、着ている服などをジロジロ観察しても、その人のことを知ったことにはなりません。それは相手がモノではなく人間だからです。人間は人格的な存在です。人格は観察では「知る」ことはできません。「私はこういう者です」と自己紹介してもらい、言葉を交わしていって、ようやくその人がどんな人かを「知る」ことができます。
神様に対しても同じです。神はモノではありません。私たちと同じ、人格的な存在です(聖書には、私たちが神に似せて人格的な存在(霊的な存在)に造られたと書かれています)。そして、神がご自身のことを自己紹介しているのが、聖書なのです。
いなぎっこさんは聖書を見たことがありますか? 聖書は旧約聖書と新約聖書の二つからなっていますが、どちらも一人のお方を私たちに紹介しています。それは『イエス・キリスト』です。
神は、「神がいるなら見せてくれ」という人間のために、目に見える人間イエスという姿をとって、この世に来てくださいました。そして、神がどんなお方か、ということを、イエス・キリストの言葉、行動、態度、人格を通してあらわしてくださいました。そして、後の世の人々、つまり私たちに対しては、聖書を通して、このイエス・キリストを知ることによって、神ががどんなお方であるかを自己紹介なさっておられます。
ですから、誰でも聖書を読むことを通して、「神がおられる」ということが分かるようになります。そして、今も生きて働いておられる神は(事実、神がおられるなら、今も働かれるはずですよね)、この聖書のことばを通して、読む人の心に働きかけ、理解を助け、信仰を与えます。そして、読む人の生活の中にも働いてくださって、聖書のことばが正しいことを教え、あるいは、聖書のことばが事実であることを体験させ、神がおられるということを分からせてくださいます。
本当かな? と思うでしょう。でも本当です。まずは「聖書」を読んでみてください。
と言っても、聖書はその書かれた背景などを知らないと理解しにくいと思います。だから聖書を読むのには助けがいります。いなぎっこさんが聖書を読んでみたいと思うなら、ぜひ教会に行ってみてください。教会ではどこでも毎週、日曜日に礼拝をしていますが、その時、牧師が「聖書」のお話をしているはずです。内容はただの聖書の解説ではなく、聖書のことばの意味を教え、現代に生きる私たちとどんな関わりがあるのかということを学ぶものです。はじめての方にも分かりやすく話してくれます。また、日曜日が都合悪くても、教会では聖書を学ぶためのいろいろなプログラムが用意されているはずです。いなぎっこさんが、稲城市近隣にお住まいなら、どうぞ私たちの教会にいらしてください。詳しくは、ホームページの「集会のご案内」を見てください。また、離れて行けないようでしたなら、メールをください。お近くの教会をご紹介します。聖書は持っていなくても、必ず教会に用意されていますから、手ぶらでも大丈夫です。教会はどこの教会も地域の方々のために開かれている場所ですから、初めての人でも誰でも自由に訪れることができます。ぜひ、一度、教会に行ってみてくだい(このホームページでは通信講座も行っています。よろしければ、こちらもご利用ください)。
ただし、教会といっても中には、「教会、クリスチャン、聖書、キリスト教」と言う言葉を使いながら、その教えの内容(教理)が間違っているものがありますので気をつけてください。これを異端といいますが、もう一つの質問にあった、エホバの証人やモルモン教、統一協会などがそうです。これらは始めから、自分たちが、エホバの証人やモルモン教、統一協会とは言わず、教会だとかクリスチャンだとか言いますので、見分けてください。見分け方も含めて次のレスに詳しく書きますので、そちらをご覧ください。
 

ちょっと質問

 投稿者:いなぎっこ  投稿日:2003年 7月20日(日)22時16分51秒
   生まれたときから稲城に住んでいる20歳の生粋のいなぎっこです。ちょっとキリスト教に興味があるのでのぞいてみました。なかなか充実したよいホームページですね。キリスト教について考えていて思うのですが神様神様っていうけどどうして見えもしないしいるかどうかもわからないものに対してそんなに信頼していけるのかなーって思います。クリスチャンの人に聞きたいんですけどどうして神様はいるってわかるんですか?
 あと、注意書きのところにエホバの証人やモルモン教とは関係ありませんと書いてありますけれどもどう違うんですか?同じキリスト教じゃないんですか?よかったら教えてください。
 
 

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